動的な依存関係による分散オブジェクトの協調機構

  大木 幹雄    坂本 康治

ネットワークを中心とした動作環境で分散オブジェクトが協調動作するには,他のオブジェクトの活動状態を監視し,情報を取得する能動的な機能が不可欠になる.現在のオブジェクト指向開発環境は,メッセージの着信によるイベント駆動であり,このような機構をもちあわせていない.そこでSmalltalk等で用いられている依存関係にもとづいたシグナルの伝播と起動の機構を拡張し,協調動作するための新たな機構として活用する概念を提案する.同時に文脈依存の協調動作機構やオブジェクト指向設計,コンポーネント合成等の一般的な枠組みとして,この機構の応用性について考察した結果を述べる.さらにこのような機構を用いたモバイルアプリケーションの開発構想と設計概要について述べる.

 

The Cooperate Mechanism of Distributed Objects based on Dynamic Dependencies

Mikio Ohki    Yasuharu Sakamoto

The function  which  monitors active state of other objects and gets information from  the other objects are  indispensable for the  distributed  cooperative object work in the network environment. Current object-oriented developing environments do not provide such kind of Mechanism. It provides  event-driven  mechanism which triggers event when a message arrives. This paper proposes the mechanism ,which extents the dynamic dependency concept, in order to adapt  the  cooperative work. The  mechanism  has  monitor-expression-emigration  and signal transporting. In this paper we consider the possibility of applying of contents-dependant cooperative work, object-oriented design and the composition of components. We describe  also  design outline for applying it to mobile applications.

 


1. はじめに

モバイルコンピュータや組み込み型コンピュータの普及に伴って,個々のコンピュータが独自の機能を果たしながら,同時に全体と協調して動作するような分散オブジェクトの研究が活発化している[1][2].協調動作を実現するには,メッセージ着信によるイベント起動といった受動的な機能のみならず,他のオブジェクトに積極的に作用し情報を入手する能動的な機能の必要性が認識されている.例えば,常時個人に携帯され他者との連携を前提としたネットワークコンピュータでは,メッセージ着信によるイベント起動のみの機構では不十分で,他者の状態を積極的にモニタするような能動的な機構が必要になってくる.すなわち,全体との協調関係を考慮して,個々のオブジェクトが行なう動作決定を支援する機構が必要となる.

本稿では,メッセージ送信とともにオブジェクト間の動作の整合性を保持する機構として利用されてきた依存性にもとづくシグナル送信機構に着目して,自律的なネットワークオブジェクトの協調動作を制御する機構について提案を行う.さらにこれを従来のオブジェクト指向の枠組みに埋め込んだときの有効性,課題等について考察した結果を述べる.

2. 分散オブジェクトの協調モデル

本稿では,モバイル環境を含むネットワーク空間内で自律的な動作をする分散オブジェクトを,自律オブジェクトと呼ぶことにする.ただし,ここで言う自律性とは,2.1に述べる協調行動の原則にしたがうことを意味する.またネットワーク空間上の自律オブジェクトとして,大きくネットワークを移動する実体[3][4]と固定的な実体の2つの考え方があるが,本稿で述べる自律オブジェクトは,ネットワーク空間上の特定のノードに固定して存在しながらも,機能を分散化させた実体を意味する.

2.1       協調行動の原則

 自律オブジェクトがもつ基本的な協調行動として以下の5原則を考える.

(1)基準の同質性: 他者は自分と同じ行動基準をもつと想定して行動する.

(2)協調の対等性:互いに対等な立場で行動する.

(3)知識の共有性:相互に知識を共有するよう行動する.

(4)自己独立性:他者と存在意義を差別化するよう行動する.

(5)機能の交換性:自分のもつ機能の一部を他者と交換

  する.

(5)は,自律オブジェクトが協調行動をとるとき,個々の自律オブジェクトのもつ機能を集団の特定の部位に集約し,集団内での役割分担を生じさせる原因となる原則である.これらの行動原理にもとづいた協調行動は,図1で示すモデルとして表現することができる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ここで,集団を構成する各自律オブジェクトの情報を管理するために「共有情報の場(自律オブジェクトの一種.以後,単に場と呼ぶ)」の概念を導入する.「場」は,個々の自律オブジェクトと自律オブジェクト全体とのコミュニケーションを仲介する役割をもつ.

  場には優先的に場の状態をモニタする権限をもつ自律オブジェクト,すなわち「コーディネータ」が存在する.場は協調行動の開始時に唯一生成され,必要に応じてコーディネータがインスタンスとして新たな場を生成する.各自律オブジェクトは,場との間で場を常時モニタする関係を築き,「全体と個」間でのオブジェクト(状態+機能)の交換を行う.協調のためのコミュニケーションは場のみを通して行ない,各自律オブジェクトは互いに対等な立場で知識を共有する.

機能の交換性によって,他の自律オブジェクトが自分の機能の一部(機能断片)を送信してきたとき,他オブジェクトとの存在意義を差別化するために,場があらかじめもつ基準にしたがって他との重複を判断する.その結果にもとづき,機能断片をさらに再送,あるいは消去する.状況に応じて新たに場が生成されると,既存の自律オブジェクト群は場に対してモニタリングを開始する.

2.2 動作モデル

協調動作を支援する目的で,自律オブジェクトは,複数の場に状態を監視するモニタ式を送り込み,一定のタイミングで評価し,監視条件が成立したとき通知シグナルを送信元に送り返すことができる機構をもつ.モニタ式は場のもつ状態変化を複合的に判断するルールに相当するものであり,このような判断ルール自体を送り込むことにより,送信先の状態監視のためのポーリングは不要になる.

この機構は概念的に図2のように示すことができる.本稿では,このような協調動作機構を目的としたモニタ式の送り込みとモニタ条件成立時の通知機構をMonitor-Function Emigrate and Notify(MOFEN)機構と呼ぶことにする.MOFEN機構は,送信元で機能するデモン(Demon)として捉えることもできる.なお,モニタ式の送信先は,場のみならず,個々の自律オブジェクトであってもよい.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


MOFEN機構の原形は,Smalltalkなどで用いられている依存関係(dependencies)による変更シグナルの送信にさかのぼることができる[5].Smalltalkに組み込まれているシグナルによる変更通知機構は,オブジェクト間の整合性を保つ機構であるが,同時にこの機構はオブジェクトを協調的に動作させる制御機構として利用することができる.本稿で述べる提案は,この機構を拡張して,メッセージとは異なる能動的な協調制御を可能にすることにある.

2.3  内部構造

MOFEN機構をオブジェクト指向のもつ機構と融合させるには,オブジェクトのもつ内部構造を変更する必要が生じる.

(1) 基本概念

自律オブジェクトに能動的な機能をもたせ,かつ協調動作を自然な形式で行うために,メッセージ着信によるイベント起動に加えて,文脈に依存して生成された仮説の監視(仮説は一つの枠組みであり,場の一種の表現形であると想定している)や場のモニタ状態の制御機能が必要である.このような機能は,アプリケーションに応じて便宜的に導入する基本的な機能とは考えずに,本来協調活動すべきオブジェクトの基本機構として考えるべきである.すなわち,自律的な行動を行うために,自らの情報収集を可能にする基本機構の一部であるべきと考える.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そこで自律オブジェクトに図3で示すような内部構造をもたせる.図3では従来のオブジェクトの内部変数,メソッドに加え,監視モニタ式を送り込んだオブジェクトからの返信シグナルを総合的に判断するシグナル入力部,モニタ変数とモニタ式の操作部,および出力シグナル(出力シグナルの発火部分)が機構として追加されている.これは自律オブジェクトが図4に示すようにメッセージによる起動で結ばれたメッセージ空間と,モニタ式の送り込み関係で結ばれた監視シグナル通知空間の2つの空間にまたがって属することを意味する.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 (2)メッセージ空間とシグナル空間

メッセージ空間は,メソッドの起動や内部変数の呼び出しや設定を行うためのメッセージ交換の場であり,メッセージ着信によって起動がかかる受け身的な動作連鎖の空間である.一方,シグナル空間は,能動的に相手オブジェクトの状態を監視するモニタ式をモニタメッセージ(5.で述べる)として送り込み,監視条件を満足したときにシグナルを返す能動的な動作連鎖の空間である.

(3)モニタ変数の定義

複数の自律オブジェクトから返信されたシグナルは,シグナル入力部で複合的に判断するためにフィルターがかけられ,オブジェクトの内部変数やモニタ変数に反映される.モニタ変数は,オブジェクトがもつパブリック変数のサブセットであり,明示的にオブジェクト内でモニタの用途に用いる変数であることを定義する.したがって,モニタ変数は,他のいかなる自律オブジェクトからもアクセスできる.

3. シグナルの入出力と操作

自律オブジェクトは,モニタ式の送り込み操作とシグナル入出力部の独自の制御機構をもつ.具体的には以下のとおりである.

3.1  シグナル入力部

(1) 起動決定表の導入

特定の場に送り込んだモニタ式が条件を満足すると,タグ属性付きのシグナルをモニタの送信元に返送する.モニタ式を送り込む場は一般に複数存在する.そのため多くの場から返送されるシグナルは,図5(a)に示すガード制御によって他の場から返送されてきたシグナルとの同期や複合条件の検査等が行われ,その結果をオブジェクト内部の状態変数に反映する.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5(a)で示す従来の並列プロセス制御で用いられるガード表現は通常ガードを満たす唯一の式が受け入れられる.複数のガードを満たしたときには,一定のアルゴリズム(例えば優先度付けや先着順等)に沿って唯一の式を受け入れるのが一般的である[6].しかしながら全体と相互作用しながら協調行動させる機構を考える上で,このような考え方は必ずしも適切でない.例えば,人間が協調を保ちながら役割を決定する会議などでは,互いに他者の発言状況を監視しながら会議の「空気」が一定の方向に向かうまで判断や発言動作を抑制することがたびたび見られる.このような行動は,発言の都度,他者に明示的に心理状態を問い合わせるメッセージを送り,次の発言内容の決定に利用する考え方のみでは実現が難しい.相手の真意などを監視するモニタ式を他者に送り込んで監視し,他者からの返送シグナルの合成値がある閾値を越えるまで動作や判断を控えるようなモデルを自然に記述できることが望ましい.すなわち返送されてき入力シグナルは,一定の用件を満たす履歴として蓄積し,それらが閾値を越えると動作起動するモデル表現が自然に行えることが望ましい [7].そこでこのような動作を可能にするため,シグナル入力部で複合する入力シグナルを判断し,その結果を内部変数に反映させるものとする.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


複合条件の設定は,図5(b)に示すようにメタ記述機能を併せもつ起動決定表を用いて行う.ここで図5(b)の起動決定表は,行方向の移動はOR条件列,列方向の移動はAND条件が適用されるものとし,行毎に各列の論理積が真のとき,起動式が起動される.セル内の各記号は表1に示すような意味をもつ.

 一方,入力されたシグナルをフィルタリングするための機構が必要になる.フィルタリングについては,述語論理による表現形式等が考案されている [8].しかし,この形式は入力されたシグナルをパラメータとして述語論理式の真偽を判定する事前条件フィルタリングであり,パラメータの部分指定,グルーピング,入力順序の指定についての制御が困難である.そこで図5(b)に示す起動表によって,パラメータ間の論理的な起動条件のグルーピングや入力の順序付け,およびパラメータ間の依存制約の成立検査等を行なうものとする.

  起動決定表は返送されたパラメータ相互の関係のみならず,シグナル入力部全体の制御も可能にしている.図5(b)の起動決定表下部の欄に記述された制御指定がそれで,次のような意味をもつ.

@走査時間間隔

  返送されたシグナルが起動決定のために記録されている時間間隔である.すなわち,この時間間隔毎に決定表の条件成立が検査される.検査終了後はすべての入力シグナルは初期状態であるFALSEに戻される.

A行カーソルの移動制御

起動条件が成立した行の位置は自動的に記憶される.同じ返送シグナルのパターンが引き続き出現したとき等では,同じ行位置で幾度も起動条件が満足されるが,それらを判断して状態を変更させるための制御に利用する.

 (2)内部変数への反映

カレントな行カーソル(通常表の先頭行)の位置から起動条件の検査が行われ,最初に満足した行に対応する起動式が起動される.起動式には,自律オブジェクト内のモニタ変数への値の結合式が記述されており,起動によって結合式の評価値が結合される.

3.2  操作部

自律オブジェクト内で定義されたモニタ変数に状態変化が生じると,他のオブジェクトから状態監視モニタ式が一つでも送り込まれているときに限り,監視モニタ式群の評価が行われる.監視モニタ式はそれぞれ有効時間(式の寿命)をもち,評価を行う前に有効な式であるか検査される.有効でないときには,評価に先立って監視モニタ式は削除される.登録されたすべての監視モニタ式の評価結果は,シグナル出力部に直ちに渡される.このような動作の連鎖によって,ある自律オブジェクトの状態変化が波及してゆくことになる.

3.3  シグナル出力部

   操作部から渡された評価結果は,監視モニタ式を登録するときに付加された優先度順にしたがって属性をもったシグナルとして送信元へ直ちに返送される.返送の際,送信元と交信が何らかの理由で確立されなかったときは,緊急処理が記述されていれば実施し,記述されていなければシグナルは直ちに消去される.同じ優先度が存在したときは,先に登録されたものを優先するものとする.

  以上に述べたシグナルの入力,操作,出力は,他の自律オブジェクトのみならず,自分自身に対しても行える.

4. MOFEN機構によるメソッドのダウンロード

MOFEN機構による自律オブジェクトでは,静的な継承リンクによるメソッドの継承でなく,動的なメソッドのダウンロードによって継承と同様の効果を生み出す考え方を基本とする.クラス全体をダウンロードする考え方[2]もあるが,監視モニタ式を自律オブジェクトに送り込むとゆうMOFEN機構の特徴を利用して,クラスオブジェクトから動的にメソッドをダウンロードする考え方をとる.ダウンロードされたメソッド群は,メソッドキャッシュに格納され評価/実行される.自律オブジェクトの各メソッドには,それぞれメソッドキャッシュにメソッドがロードされたかの状態を監視するモニタ変数をもたせる.メソッドへのアクセス要求が発生する都度,MOFEN機構は,状態の変化を検出して,メソッドの送込みシグナルをクラスオブジェクトに通知する.これは継承が果たす機構の一つの実現方法になっている.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6はクラスオブジェクトのもつクラス変数のモニタリング動作も同時に示しており,監視モニタ変数としてクラス変数を指定した様子を示している.各自律オブジェクトは,クラスオブジェクトのもつクラス変数の状態変化をモニタする.

5. モニタメッセージの種類と形式

  自律オブジェクトがシグナル空間に属することによって,メッセージ形式もその影響をうける.従来のメッセージ形式に加えて,モニタ式の送り込みに必要な次の3つのメッセージ形式が必要になる.しかし (2)のメッセージ形式は継承リンクの探索と同様にMOFEN機構が自動的に行うことにすると,明示的に追加すべきメッセージ形式は(1)(3)のみになる.

(1)    モニタ式の送り込み・登録

(2)    メソッドの送り込み・登録

(3)    モニタ式の置換,消去,あるいは不活性化

再度,モニタ式を送信し,既登録のメッセージを置換したり消去したりする編集メッセージである.モニタ式の送り込み・登録メッセージ,および編集メッセージで記述すべき内容は,以下のとおりである.

(1) モニタ式送り込み・登録メッセージ記述内容

@    送り込み先自律オブジェクト名

A      送り先の監視対象モニタ変数の並び

B     モニタ条件記述で用いる局所変数定義

C     モニタ条件式

D      モニタ条件式の存続期間

E      モニタ開始時刻の指定

F      シグナルの返送が失敗したときの動作記述

  G モニタ式の評価の優先度

(2) 編集メッセージ記述内容

 @ 既存モニタ式の置換,削除,不活性化等の編

    集指示

 A モニタ変数の不活性化指示

    インスタンス変数の初期値の設定と同様にクラ

    スオブジェクトのみが指定可能

   以上に示した記述内容の具体的な表現形式は,Javaのメッセージ形式を拡張したものとしている.

6. 考察

   MOFEN機構と類似するものとしてオブジェクト指向データベースがある.挿入・削除・更新等の操作によって所定のメソッドを起動させる概念である.しかしながら,オブジェクト指向データベースでは監視すべき操作対象はあらかじめ特定されており,動的に多数の自律オブジェクトに対する監視条件を指定して監視することはできない点でMOFEN機構とは異なる.

そこで従来のオブジェクト指向のイベント起動制御に加えて,本稿で提案した機構がどのような分野に適応可能かを以下に考察する.

 (適用1) 予測場の生成と当てはめ

MOFEN 機構を内蔵させた自律オブジェクトは,予測を伴う協調行動のモデルとして適用可能である.適用に当たっての要点は以下のとおりである.

@協調行動を行うとき,外部からの情報入力は全体に制約を与える.そこで,図7で示すように外部からの情報入力を行う場をインタフェース場と呼ぶ.各自律オブジェクトはインタフェース場の状態を監視するモニタ式を送り込みモニタする.インタフェース場にはコーディネータが存在し,優先的に場をモニタして監視モニタ変数の活性化・不活性化を制御することができる.

A個々の自律オブジェクトはインタフェース場のモニタ情報をもとに協調行動を決定する.コーディネータは,場の状態が変化すると必要に応じて新たな予測場を生成する.同時にその予測場のコーディネータも生成する.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


B予測場は,いわば仮説の枠組み(フレーム)であり,仮説フレームが格納されたレポジトリから検索しインスタンスとして生成する(ただし,仮説フレームの検索はMOFEN機構とは別機構になる).予測場を複数生成し組み合わせることも可能である.

C生成された予測場は,予測場がもつスロットとしての変数値を埋めるべく,監視モニタ式をインタフェース場,または他の予測場に送り込む.

D全体場を通して行われる他の自律オブジェクトからの働きかけは,メッセージによって行われ,逆に他の自律オブジェクトの状況把握は,モニタメッセージの送り込みとシグナル機構によって行われる.

MOFEN機構を用いると,このような予測場の生成と当てはめのモデル化が自然に表現できる.予測場に類似したモデル化が適用可能な分野として次が考えられる.

(a) 文脈を加味したユーザとのインタラクティブなコミュニケーション[9]による段階的なコンポーネント合成システム

(b) 取引き場を介した株式や為替の注文成約監視システム

(c) 学習者の習得状況モニタリングと習熟仮説への当てはめによる教材提示システム

     いずれも,全体の状況変化との係わり合いから,個々の行動を決定する必要のある分野である.

(適用2)ソフトウェア設計

MOFEN概念は,ソフトウェアアーキテクチャのモデルのみならず,ソフトウェア設計における協調動作を自然に表現する[10]上でも適用可能である.例えば以下の例が考えられる.

 @状態遷移図の自然な表現

   オブジェクト指向設計において,システム,あるいはオブジェクトの状態の遷移を図式的に表現する方法として状態遷移図がある.しかし表現した内容と実装との対応は概念的なものにすぎない.状態遷移図は,あくまで「抽象的な状態」の遷移を表現するものであり,実装レベルではそれをプログラムとして表現しなおす必要がある.MOFEN概念を実現した機構では,状態遷移図における発火条件は,状態を表現したオブジェクトに送り込む発火条件モニタ式に対応し,発火条件に続く動作はガード式に対応する.すなわち,図8で示すように,状態遷移図で表現した内容が直ちに実装機構に対して写像した内容と対応が付くことになる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Aデータフロー図中の制御フローの自然な表現

構造化設計,あるいはオブジェクト指向設計で用いられるデータフロー図中には,データフローと共にデータの流れを制御する制御フローも併記される.制御フローは,制御の手順を表現するものでなく,データフロー図中の変換プロセス間の依存関係を示している.

データフロー図における変換プロセスは,実装段階では制御を中心にしたコントロールオブジェクト,あるいはコントロールオブジェクトの一部のメソッドに対応する.すなわち,データフロー図中に記述された各変換プロセスは,図9に示すように変換プロセスに相当する機能をもった抽象的なメソッドオブジェクトとして表現できる.またデータは,データをアーギュメントとしてもつメッセージとして表現できる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような対応関係を両者で保存し,シームレスなソフトウェア開発を可能にするには,データフロー図における制御フローをオブジェクト間の依存関係として自然に表現できることが望ましい[11].例えば,図9ではメッセージ1により起動させられるオブジェクト1の処理がオブジェクト2の処理結果に依存し,さらにそれはオブジェクト3の処理結果に依存していることを示している.このような依存関係をメッセージ送信のみで明示的に表現すると図式表現が煩雑化する.設計内容を自然に表現でき,そのままソフトウェアアーキテクチャへ写像できることが望ましい. MOFEN機構を用いると,制御フローによる依存関係は,モニタ式の送り込みに自然に対応することから,データフロー図によって表現した内容がそのまま実装段階の表現として用いることができるようになる(ただし,クラス構造の決定は依然として残る).

 (適用3)例外処理表現の一般化

   MOFEN機構を用いると,例外処理も一つの例外事象を示す変数のモニタとして表現可能になる.すなわち,例外の種類毎に明示的に例外モニタ変数を設け,例外監視付きの手続きブロック(tryブロック)が,モニタ変数を活性化させる.同時に例外監視ブロック(catchブロック)がモニタ変数の状態変化をモニタし,条件が成立すると例外処理オブジェクト(catch処理ブロック)にシグナルを送り,例外処理を起動する.これは概念的に図10のように示すことができる.

従来の言語では,例外処理は,言語がもつ概念と構造からは逸脱する「よごれた処理」とされてきたが,MOFEN機構では,機構の標準的なしくみとして考えることができる.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


7. 課題

    MOFEN概念は協調的な動作を行うネットワークエージェントの基本的なモデルの考察から生まれたものであり,具体的な応用分野としては図11に示すようにモバイルコンピューティング環境を想定している.図11におけるオブジェクト1,オブジェクト2は,自律オブジェクトを意味し,GPSからの位置データをもとに,地理的にあらかじめ指定した領域Xに入ったか否かを判定する.同時に,自律オブジェクトは仲介的な役割を果たす自律オブジェクト(ここでは仲介エージェント[12]と呼ぶ)に監視モニタ式を送り,一定時間毎にオブジェクト1,2からそれぞれ送られてくる位置情報を監視する.いずれかのオブジェクトが領域Xに入ると,監視モニタ式に対応したシグナルをオブジェクトに送り,新たな行動を開始させる.これは例えば,人と人とがある領域内で待ち合わせたときの行動に対応させることができよう.

ここで,対象領域を地理的な監視領域でなく何らかの取引き条件の監視領域とすると,複数の者が取引き条件を監視して協調行動すること(例えば,各国財政当局による為替相場への協調介入等)に相当する.現在,このような行動を可能にする試作システムをMOFEN概念に基いて開発しており,監視モニタ式を簡易に記述し送信するインタプリタ言語WEDを仮想マシン環境と合わせて開発中である.

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

今後の主な課題としては次がある.

(1)監視モニタ式からメソッドへの変換

送り込まれた監視モニタ式の存続時間が非常に大きいとき,モニタ変数と監視モニタ式を自律オブジェクトがもつ独自のメソッドとして固定化する方法が考えられる.すなわち,シグナル空間からメッセージ空間へのコミュニケーション手段の転移である.固定化されたメソッドは,他の自律オブジェクトからの要求に応じて他のメソッドキャッシュに送信できなければならない.

この機構は組織的な行動における役割の発生に結びつくものであり,モニタ式の監視機構を監視するメタモニタ式の導入を検討中である.

(2)監視式の送り込みによるセキュリティの問題

   自律オブジェクトとしてネットワークコンピュータ(NC)を考えたとき,監視モニタ式を送り込まれたNCのセキュリティ保護が問題となる.モニタ変数を通して,間接的に秘密にすべき変数の値が推定される場合が考えられる.これを避けるためMOFEN機構ではシグナルの送信先を明示的に決めている(いわばモニタ式(オブジェクト)は「紐付き」である).

  このような機構をもつときのセキュリティ確保の方式については,別途論じることにしたい.

(3)監視モニタ式および入力シグナル起動表の表現形式

従来のプログラミング言語は,テキスト形式を根底に保有したが,現在のプログラミング言語ではプログラミング環境と分離できない.そこで,テキスト形式を一切ユーザに見せず,直接,表あるいはビジュアルなオブジェクトを操作できるユーザインタフェースを目指している.その是非についての検討が残されている.

8. おわりに

   オブジェクト指向のもつメッセージによるイベント起動の限界を克服するために,シグナルの依存関係を拡張した機構を提案した.詳細な実験結果については別途論じる予定である.なお,本研究の一部は情報サービス産業協会のHITOCC研究資金支援のもとに行われている.

 

参考文献

[1]Paul Robertson, Dynamic Object Technology,

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[2]塚本享治ほか, クラスの共有と配送に基づくオブジェクト

指向分散システムの設計と実現, 情報処理学会論文誌

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[3]山崎重一郎,津田宏編訳,Telescript言語入門,アスキー出版

[4]Peter Domel, Interaction of Java and Telescript

   Agents , Mobile Object  pp295-311(1997)

[5]青木淳,Smalltalkイディオム,ソフトウェアリサーチセンタ

[6]J.A.シャープ,データフローコンピューティング,サイエ

    ンス社

[7]塚本義昭,生天目 章:オブジェクト指向ニューラルネットワ

    ークモデル,情報処理学会論文誌 vol.37,No. 8 ,pp 1525-

    1533 (1996)

[8]大園忠親,新谷虎松,自律的エージェントのための制約論理型

   言語RXFにおけるリフレクション機能の設計と実装,情報処

   理学会論文誌Vol.38, No.7 ,pp 1361-1369(1997)

[9]鵜林尚靖,玉井哲雄:,コンテクスト概念に基づいたモジュー

   ル化機構,ソフトウェア工学研究会117-8 1997・11・21(1997)

[10]来間啓伸,大須賀昭彦,本位田真一,協調アーキテクチャに

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[11]丸山勝久,島健一,部品変更履歴に基く重み付き依存関係グラ

    フを用いた部品の洗練,情報処理学会  論文誌 Vol.39,No.3

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