彩の国連携力育成プロジェクト [サイピー]

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埼玉県立大学におけるIPEの到達点と今後の課題

埼玉県立大学保健医療福祉学部看護学科 教授 大塚眞理子

カリキュラムにおけるIPE科目

 埼玉県立大学のIPEに関するカリキュラムの歴史を見ると、現在は三段階目にあると思います。最初の創設期、2番目の統合再編期、そして現在、今年度2012年度から始まった指定規則対応期です。
 創設期は私たち教員も新しい教育をやっていこうということで探究心があり、さまざまな研究も始めていきました。創設期の躍動感の中で、学科横断での研究が行われるようになり、IPEの研究グループが発足し、イギリスのCAIPE(英国専門職連携教育推進センター)に何回か行くようになり、大学としても教員を派遣しました。そして平成17年に現代GP、特色GPをとりました。
 最初の創設期のカリキュラムは、「連携と統合」という理念に基づいて、連携と統合科目群という科目ができております。一般教養科目が配置された教養科目群、各学科独自の専門科目群、そして本学の特徴的な理念を実現するための、連携と統合科目群というのが配置されています。ここにヒューマンケア論・フィールド体験学習という、現在IPE科目として位置づけているものも入っていました。
 「連携と統合」の理念に基づいた大学なので、カリキュラムを研究による支援やさまざまな実践活動で支えていこうという様々な仕組みをつくっていました。学科ごとの学生支援だけではなく、学科横断のアドバイザー制度という学生支援。あるいは教員の研究においても学科横断でいろいろな研究をしていく仕組みも合わせてつくっていました。
 学科横断の教育では、特にフィールド体験学習という4学科学生の合同の科目の科目運営をする中で、「連携と統合」という言葉の意味、理念の意味がいったい何だろうと議論になりました。私たちがそこで結論づけたことは、連携というのは私たち専門職が連携するけれども、統合というのは利用者ご自身にサービスが統合されるということであり、そういうことが必要だと理解するようになりました。
 再編統合期のカリキュラムは2006年からです。この期ではIPEということがはっきり分かってきたので、1年生だけでなく、教育の統合として、4年生にインタープロフェッショナル演習(IP演習)という科目を配置しました。ほぼ2年かけて、このカリキュラムをつくるための学内討議が行われました。短期大学部との再編統合により新しく5学科3専攻になり、カリキュラムの基本コンセプトを健康・人間・環境・活動とし、それぞれの学科・専攻の教育があり、それを螺旋でぐるぐる取り巻くように、連携と統合の科目すなわち、IPE科目が配置されることが好ましいと考えました。
 現在のカリキュラムは、看護学科などで指定規則の変更があり、それに対応するためのカリキュラム変更でした。しかし、この機会にIPW論、IPW演習を2年生、3年生に入れることができました。やっと2012年からのカリキュラムになって、1、2、3、4年に順番にIPE科目を配置することができるようになりました。
また、2009年に開学した大学院でもIPW論という科目を配置しました。すでに働いていらっしゃる専門職の研修等でもIPWを学ぶ講座を開設しています。
指定規則対応期は、4年間の継続的段階的なIPEが可能となったカリキュラムとして動いております。そして、そこに今回4大学の共同事業が加わり、新しくつくっていくという段階になっています。

IPE科目の概要とIP演習の評価

 ヒューマンケア論は、共通基盤となるヒューマンケアについて学んでいます。机上学習ですが、全学の学生(1年生)が一緒に学んでいます。当事者にゲストスピーカーとして参加してもらい、当事者の生の声を通して、学生たちがヒューマケアを学ぶというものです。
 同じく1年生の9月の夏休み最後の週に行っているフィールド体験学習は、現在のカリキュラムではヒューマンケア体験実習と名前は変わりますが、1年生がヒューマンケア論を学んで、現場に出て、体験的にヒューマンケアを学んでくるという実習です。学生3~5名程度で、学科横断の小グループに分かれ、いろいろな施設に出向き、その体験を持ち帰って、学内でリフレクションを行い、報告会をして学習内容を共有するというものです。
 4年生のインタープロフェッショナル演習(IP演習)は、地域の保健医療福祉の場での体験を通して、連携と協働を学ぶというフィールドに出向いて行う演習です。5学科の学生たちが混合でチームをつくり、患者の共通理解を図りながら、ケアプランを考えていこうという科目です。去年の10月の第1週に行ったIP演習は、参加学生数466名でした。看護学科160名、理学、作業が各40名、社会福祉が70名、健康開発が155名、そこに埼玉医科大学の学生30名が加わり、総勢466名でした。それを指導する教員はIP演習部会という、教員部会を組織しており、16名でやっています。さらに全学の教員の中から約半数が参加し、合計85名で学生を指導しています。フィールドは県内75施設に協力してもらっています。
IP演習は4日間のフィールドワークです。事前にオリエンテーションが4月、8月初め、9月末と3回あります。学生チームはいろいろな施設に出向いているので、一人一人の学生の体験は異なります。しかし基本は利用者、あるいは患者のケアプランを考えるという課題でやっています。
 各学生チームは担当する利用者に話を聞いたり、状況を見学したり、あるいはカルテを見たり、事業に参加したりいろいろな取り組みをさせてもらっています。それを持ち寄って学生チームでディスカッションします。IP演習では、このディスカッションを大変大切にしています。毎日夕方にリフレクションを行い、自分たちの体験を振り返って、意味づけをしています。最後の4日目には、埼玉県内約10カ所に分かれて報告会をしています。
 IP演習の評価としては、学生にIP演習の前後に自己評価をさせています。情報の共有・専門性の理解・チーム形成に関しての設問をつくっていますが、演習後はそれぞれの項目で自己評価が高くなっています。学生のレポートを見ると様々な感想があります。その一例ですが、「新しい視点からの気付きが大変多くある」「患者を理解することは自分一人の見方だけではなく、全員の視点から多面的に見ることができる」「チームが一丸となる」などがあります。そして、「利用者に対する思いが共通だ」と自分たちの共通基盤を共有できるということも大切な成果だと思います。学生時代にIPWの成功体験があれば、現場に出てもIPWが実践できると思います。
 ひとつ紹介したいのは、県内の調剤薬局でのIP演習です。この調剤薬局が日頃関わっている有料老人ホームの協力を得て、県立大学IP演習の学生と調剤薬局に実習に来ていた薬科大の学生が参加し、体験学習を一緒にした例です。薬学生からは、「非常に刺激になった、人間に対しての見方やチーム医療を学んだ、自分の専門に対することを考えるきっかけになった」という感想が寄せられました。

地域基盤型IPE

 このようなIP演習を実現するために、埼玉県立大学では地域専門職連携推進会議というものを立ち上げ、IPE・IPWを知ってもらう取り組みをしてきました。これは、本学の地域貢献活動でもあり、地域の方々のさまざまな保健医療のニーズに応えようという取り組みでもありました。ここ比企地域、入間地域にもそのような会議が立ち上がっています。
 そして、IP演習を受け入れていただく施設のファシリテーターを養成するために、「専門職連携協働講座」を開講しました。2008年8月に基礎講座を初めて開講しました。さらに中級講座、上級講座と段階的に内容を強化し、年々その蓄積ができています。この3月には上級講座で4名の修了生がでました。1年間かけてIPE・IPWを勉強し、自分たちで専門職連携セミナーという研修講座を開催しました。「専門職連携協働講座」は、IP演習の実施と施設のIPW促進にも貢献しています。
 また、IPWを学ぶという教科書編纂にも着手しました。2009年4月にこれを発行することができ、学生の教科書、ファリシテーター研修の教科書として活用しています。
 IP演習の受け入れ側、施設の変化も起こっています。特別養護老人ホームの事例です。「IP演習で学生チームが一丸となる様子をみることは、自分たちも学生チームの成功体験を共有することができ、IPE・IPWのメリットを感じている」、「学生が来ることで、自分たちの連携を見直す機会にもなる」と評価してくださっています。この施設では、「IP演習を受け入れるようになって、スタッフがIPE・IPWを学ぶようになった。すると今までリーダーになることを嫌がっていた職員が、進んでリーダーになり、摂食嚥下障害のチームや褥瘡のチーム、排泄ケアのチームというようなものをつくってケアに取り組むようになった。施設としてのケアが改善されています」という変化があるそうです。
 教育側もIPEに取り組むことで、各学科独自でやっていた教育に変化が出てきています。各学科の専門教育の強化とIPEの充実は、非常に連動していくものであり、相互に刺激し合って変化していくものであると思います。私の専門は老年看護学ですが、老年看護学の講義の中で、多職種とどのように連携するのかということを必ず入れるようになりました。
 他への波及効果として、2008年に第1回日本保健医療福祉連携教育学会を本学で開催することができました。その後、IPE・IPWの学術的な蓄積もあり、さまざまな大学でIPの取り組みが広がっています。現場での実践も広がっていると思います。

IPWの発展に向けた今後の課題

 2012年からのIPE科目は、キーワードを共有・発見・尊重・合意・創造とし、1年次にヒューマンケア論、ヒューマンケア体験学習、2年次にIPW論、3年次にIPW演習、4年次にIPW実習という、継続的段階的な教育プログラムです。ヒューマケア論では、多職種の共通性、共通基盤としてのヒューマンケアということを強調し、さらに多職種と協働する力をIPW演習、IPW実習で育みながら、その中で専門的な力もさらに発揮できるように意図して教育内容をつくっています。つまり、専門職業人の養成教育では、各専門教育と多職種の共通性の確認や多職種と協働する力の育成というIPEを、バランスよく取り入れていくことが必要だと思います。4大学共同事業の新しいカリキュラムでも同様だと思います。それを実現するためにIPEセンターが必要なのではないかと思っています。IPE(interprofessional education)とIPW(Interprofessional Work)にさらにinterprofessional research(IPR)研究が非常に重要で、これが三つ巴で発展していくことが必要だと思います。今回の4大学の共同事業はこの三つの要素が入っているので、それを連動させながら発展させていくことができると思います。
 IPE・IPWが世界に広がっており、日本国内でもさまざまな大学で取り組んでいます。それぞれに連携し交流をしながら発展していくことが必要であると思っています。

質疑応答

質問者1:プログラムの評価について、どの様にやっていこうかという点を教えてもらえますか。

大塚:プログラム評価は、正直、十分にやっているとは思っていません。実習直後に学生たちがどんなふうに成長したかについては評価していますが、その後学生たちがどんなふうに変化していったかということについては追跡調査もできていない状況です。プログラム評価というところは、今後の課題となっていくと思います。