埼玉県立大学 保健医療福祉学部 社会福祉子ども学科
朝日雅也教授
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IPWを学ぶための土台としての『ヒューマンケア論』
『連携と統合』という教育理念を掲げている埼玉県立大学には、看護学科、理学療法学科、作業療法学科、社会福祉子ども学科、健康開発学科と、様々な学科があります。これらの学科に所属する学生が1年生前期(編入生も含む)に全員必修授業として学ぶ講義の一つに、『ヒューマンケア論』があります。毎回のテーマに合わせて、保健医療福祉サービスの担い手・受け手がゲストとして招かれます。
平成26年度、4大学連携プロジェクトでは、活動の一環として、この『ヒューマンケア論』を、専門職連携(IPW)を学ぶにあたっての土台とすべく、DVD教材化し、埼玉医科大学、城西大学、日本工業大学においても学生に視聴してもらうという取り組みを進めています。
このヒューマンケア論の科目責任者が、今回インタビューに応じてくださった、社会福祉子ども学科の朝日雅也教授です。障害者福祉、特に障害者の就労支援がご専門で、学内では『障害者福祉論』『就労支援論』といった科目のほか、社会福祉子ども学科以外の学科を対象とした『社会福祉概論』といった授業も担当されています。接する相手を安心させる朝日教授の笑顔に、思わずこちらも笑顔になります。
ヒューマンケアって何?
そもそも、『ヒューマンケア』とは、一体何でしょうか? この言葉は、例えばインターネットで検索してみても、定義らしきものは出てきません。それもそのはず、『ヒューマンケア』は、埼玉県立大学でこの講義を設定した時にできた造語なのです。
朝日教授によると、埼玉県立大学の設立のバックボーンでもある教育理念『保健医療福祉の連携と統合』を具体的に実践するうえで、その目的や、働きかけの共通性をとらえるために、ヒューマンケアと名付けて意識化し共有できるようにしたのだそうです。
「例えば、『相手の自立を尊重できる』『社会的な役割を持った人間としてケアの対象者をみていく』といったものが共通して出てくるんですね。そのために、ヒューマンケア論という、いわば手がかりというか、道しるべというか、そういったものを掲げることは、学生の皆さんに連携と統合を考えていただくうえで大変有効な手立てだと考えているんです。また、ヒューマンケアを通じて、逆に各々の専門的な立場や、専門性の意味みたいなものも重視されてきます。ヒューマンケアは、そういった考え方を持っていただくための、いってみれば“枠組み”かなと思っています」
ケアを受ける側、受け止める側との相互作用性を学ぶ“場”として
ヒューマンケア論では、様々なゲストスピーカーを招きます。元患者さんや、今、病にかかっている人、あるいは障害のある方も。ゲストの方々のお話をきいた学生に、どのようなことを学びとってほしいかを尋ねました。
「やっぱり学生さんたちは保健医療福祉分野の学部に所属しているので、最初はね、ゲストの話を聞くことによって、自分たちにはどういうケアが提供できるのかなと、一生懸命考えると思うんです。でもだんだんに、そういうものを超えていく。『ちょっと待てよ』と。専門職である前に、人間と人間との関わり合いであったり、もっと根源的な、それこそ魂と魂とのふれあいであったり。こういうことを通じて、学生さんたちは、実はケアを提供するつもりでこれから勉強しようとしているのに、ケアをするために向き合おうとしていた人たちとの相互作用を通して、時に『育てられている』と感じる人もいるでしょうし、また時には、“逆にケアされて”ほっとする人もいるでしょうし。その時はピンとこなくても、あとで思い返して、あの時自分がケアを提供していた人が、実は、そのことを通して自分を人間的に豊かにしてくれていたんだなあ、と気が付くかもしれない。そんな風に、それぞれ学生の個性に応じて、いろんな受けとめ方があっていいと思うんですけれど、総体としてみれば、ヒューマンケアのもつ相互作用性を一つの軸としてとらえてもらえると良いなと思います」
一般に、保健医療福祉の専門学科学生は、資格試験に向けての頭脳労働の日々を過ごします。それに対し、朝日教授は、ヒューマンケア論は知識を吸収する講義ではなく、『感情労働』をする時間であると説明してくださいました。サービス提供者側とサービスの受け手側との“相互作用”を感じ取れるようにするための、ひとつの“場”として、ヒューマンケア論という講義は機能しています。
現場に出るまでに、ヒューマンケアを“いかに学ぶ”か
ヒューマンケアには『これ』といった決まった定義はなく、特定の方向に学生を向かわせる意図はない、と朝日教授は語ります。
「ただ、ヒューマンケア論を通して、例えば支援の対象者がもつ本当の力だとか、ケアの相互性だとか、一人の人格として自立することの意味合いだとか、その時に気がついたことを、結果として卒業する段階で、支援の対象者やその生活課題、健康課題といった現象にいざ向き合う段階で、どこかでふっと立ち止まって、考えていくことができれば、ヒューマンケアを1年生の段階でなげかけておく意味はすごくあるんじゃないかなと思うんです。ヒューマンケアという枠組みで、自分と相手のとらえ方、自分と相手の向き合い方、あるいはそれをとりまく社会や環境全体の課題を考えるヒントが出てくればいいなと思います。なので、ヒューマンケアを知識や、単純な薄っぺらいスローガン的に言うよりは、深い振り返りや考察、あるいはその時の悩みを感じて、卒業して現場に立った時にちょっとでも思い出してもらえると、それでもう十分ではないかと思います」
専門職者が縦横無尽に、柔軟に、手を携えながら
「現場では、例えば支援を必要とする人たちから考えてみますと、その問題や改善のためにいろんな専門職が関わることが必要なのですが、専門職側から支援を要する人たちに向かって、『私たち専門職グループは、これと、これと、これの分野から構成されるんで、この範囲の中で何とかしてください』というのではなくて、その問題を解決するために、いかに専門職側が縦横無尽に、柔軟に、手を携えながら、その人にどうかかわっていくかということが大事です」
ヒューマンケアのあり方は提供する側の論理ではなく、常に支援やケアを受けとめる人たちのことを中心に置く必要があると、朝日教授はそれまでの実践経験の中から感じているのだそうです。
「ケアや援助を受ける人は、その『援助を受ける』状態においての専門性、すなわち他の人ではわからない痛みを表出できる専門性があります。そういう意味で、単に提供する側、それを受ける側という関係性ではなくて、ヒューマンケアがもつ相互に働きかける関係性があり、必要な専門分野の方々の働きかけと、それを受け止める人たちの想いを結び付けていくことがすごく大事だと思っています」
4大学連携プロジェクトで実現しうるヒューマンケア
最後に、ヒューマンケアの視点から、4大学連携プロジェクトへの期待について語っていただきました。
「保健医療福祉における課題からすると、そこでいくら『自分たちの領域ではすべてのライフステージをカバーしている』だとか、『すべての地域での暮らしをカバーしている』とは言っていても、やっぱりどんな専門職も単独では不足している部分があると思います。そこに介入していただくのが工学なのか、薬学なのか、医学なのか、そこは別にどれってことはないんですが、違う視点を入れることによって、広がりが増していくので、そういう意味では、同じ現象をみていく、同じ現象に向き合っていくとしても、違う立場からの投げかけがあることによって、気が付かなかったものに気が付くという点は、すごくいいですね。本学の保健医療福祉学部にとっては、4大学連携は大きなメリットだと思うんですよね。逆に、他の大学の立場からすると、例えば建築などからは、保健医療福祉という考えはもちろん前提であるし、その延長線上に家屋の改造だとか、快適な環境を作っていくということが求められていくでしょう。現実にそこに向き合っていこうとする学生、分野の人達とまじりあうことによって、その建築の分野の方にとってもメリットがあると思うんですよね。そのメリットのあり方を結び付けていくと、埼玉県立大学の5学科に、プラス他の3大学の学部学科5を足すと10、ではなくて、5+5=12かもしれないし、20にもなる。どんな分野が沢山増えようと、支援をする、向き合っていく人の生活の質を高めていくという点においては、視点が沢山ありすぎて混乱するという考えをもつ必要はないと思うんですよね。関われば関わるほど、必ず、効果が広がっていく、高まっていくと考えます。どういう方向性でどういう効果が出るかが予測はできないけれども、間違いなく、広がりと深まりという点では、この4大学連携による取り組みは、いままでなかったころに比べると、全然違う成果を直接向き合う人に提供できるのではないかと期待しています」