彩の国連携力育成プロジェクト [サイピー]

彩の国連携力育成プロジェクト [サイピー]

学生たちに、福祉空間のリアリティを獲得してほしい

日本工業大学 生活環境デザイン学科

勝木祐仁 准教授

理論が役立つのはリアリティがあってこそ

katuki1 建築という分野には、耐震設計などに関わる建築構造のエンジニアもいれば、建築意匠つまり外見的なデザインに特化したプロフェッショナルもいて、非常に幅広い学問分野と言えます。
 その中で、私が所属している生活環境デザイン学科は、人の生活を空間設計でどう支えるか、ということを考える学科として4年前に設置されました。もう少し具体的に説明すると、住空間、公共空間、商業空間、福祉空間といったさまざまな空間が、誰にとっても心地良いものになるように設計する技術を、建築学の基礎をふまえて学ぶ学科です。心地よい空間と高齢者に優しい住環境のエキスパートを育てることを目標としています。建築系で、福祉の視点をもった学科の創設は全国的に見ても新しい取り組みと言えます。
 とはいえ、ここで学ぶ学生たちは10~20代ですから、高齢者や要介護者の身体的な状態や、そうした方々の生活を支援する人々に対してリアルな想像力を働かせることはなかなか難しいものがあります。
 我々としても、できるだけ高齢者や要介護者を支援する空間に触れてもらうために、施設見学を授業のプログラムに取り入れています。また、高齢者や要介護者のための住宅設備の実物モデルを学内に用意していますし、その実物モデルを利用して、近隣の高齢者施設の職員の方に協力いただき、学生が疑似的に介護体験をするという授業も行っています。
 例えば入浴時の手すりはどのくらいの高さでなければならないのか、設置場所として適切なのはどういう場所なのか、ということは教科書に寸法として表示されているわけですが、その寸法だけ覚えても役には立ちません。実際にこういう介護の場面があって、だからここに手すりが必要なんだ、というリアリティを学生自身が体感できてこそ、理論には価値があるんです。

大学間連携で教育の可能性が大きく広がった

 とはいえ我々の努力だけでは、例え高齢者施設を視察できたとしても、外からの訪問者として見ることになってしまい、その内側に入り込んで実情を知る、というところまではできていませんでした。
 一日中施設の空間に身を置くですとか、利用者である高齢者と実際に対話をする、といった経験が学生たちに必要であると思いつつ、なかなか実現できずにいたところです。
 今回の4大学連携プロジェクトに声をかけていただいたのは、どうすれば高齢者の生活空間のリアリティを学ぶ機会を作れるだろうか、ということを改めて検討し始めたまさにそのタイミングでした。ですから、これは本当に嬉しいお誘いでした
 現状としては、連携のパートナーの中心は、福祉の分野に馴染みの深い生活環境デザイン学科となっていますが、本学には他にも、機械系の学科でパワーアシスト装置を研究している学生や、情報系の学科で障害のある方や高齢者の方のコミュニケーションツールを研究している学生もいますから、今後はそういった分野の学生たちも関われるようにしていければ、と考えています。

デザインの対象者を具体的にイメージする

 建築系の学科では、設計製図の課題を通じて学生たちが力をつけています。例えば「○人家族が住む家」「全○戸の集合住宅」といった課題です。敷地は具体的に設定される場合が多いのですが、利用者像は学生に考えさせるのが一般的です。しかし人の生活のイメージを具体的に思い描き、それを設計に展開できる学生は多くありません。
 ところが生活環境デザイン学科の場合は、高齢者や要介護者の生活空間を設計するわけですから、その部分のリアリティを無視するわけにはいきません。身体機能はどの程度で、どのような困難を抱えている人なのか、その人の生活を豊かにするためにはどのような空間のデザインが必要なのか。つまり、「自分はどのようなニーズに対してデザインを提供するのか」という認識を学生たちは磨いていかなければなりません。
katuki2 今回の4大学連携プロジェクトでは、学年次に応じたさまざまな連携科目が想定されています。なかでも特に我々の学科の学生に特に良い影響を与えてくれそうなのが、導入教育として設定されている“ヒューマンケア体験実習”という科目です。福祉空間を学ぶ学生たちが、早い段階で「そもそも自分たちは何のために勉強しているのか」という確信を得る貴重な経験になると思います。
 デザインを志す学生には、「自分でカッコいいものを作りたい」というモチベーションが当然あります。しかしその一方で、「誰かの役に立つデザインを作る」ことも大きな喜びとなります。人の要求に応えることで、誰かにプレゼントするようにデザインをする、という喜びです。今回の連携プロジェクトを通じて、学生たちが自分のデザインの対象者を具体的にイメージできるようになれれば、それは非常に良い方向性になると思いますね。
 また、主に医療福祉系の分野を学ぶ学生たちとは異なる発想を本学の学生たちは持っていますから、お互いに新しいインスピレーションを与えあう相乗効果にも大いに期待しています。

連携の適切な範囲を探りつつ、継続的な取り組みに

 先日、IPEの先進国であるイギリスでの視察に参加しましたが、ホスト役を務めて下さった大学の先生方に、「IPEのプログラムに建築系の学生が加わるのは大いに意義がある」と言っていただき、福祉の領域に建築分野が関わることは、時代としても非常にニーズが高いんだな、と感じました。
 私自身も教員として、今回のプログラムで試してみたいアイデアがいろいろと出てきています。ただ、打ち上げ花火のように最初だけ派手になってしまっては意味がありません。本当に大切なのはこの事業をいかに継続していくか、という点にあります。連携する4大学のお互いの状況をふまえつつ、どの範囲までなら一緒にできるのか、逆にどの範囲まではそれぞれ個別にやるべきなのか、ということも認識しながら、良いプログラムを作り上げていきたいと考えています。