彩の国連携力育成プロジェクト [サイピー]

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若い世代が「チーム」意識を持てば、医療の未来は明るい

霞ヶ関南病院 

病院長 伊藤 功 さん

リハビリを行う病院に、職種間の垣根はない

itou1 霞ヶ関南病院の基本的な役割はリハビリテーションです。急性期病院などで治療を終えた方をなるべく早い段階で受け入れ、身体的に弱ってしまった部分や障害が残った部分をリハビリテーションによって回復してもらい、可能な限りご自宅での生活を再開してもらう。それが我々の目標です。
 普段の生活に戻ることが目標ですから、院内の環境も一般的な病院とは異なります。リハビリ設備は充実していますし、リハビリスタッフも当然揃っています。同じ医療法人の中には介護系の事業所や在宅医療を行う部門もあり、全体ではリハビリ専門職だけで総勢約160人の体制です。
 また院内にカフェがあったり、周辺地域の方が利用するギャラリーがあったりと、擬似的ではありますが「街」のような環境にもしています。通路もかなり広い幅にしています。そうした環境で、元の生活を意識しながらリハビリに励んでもらおう、という考え方です。
 それから当院のスタッフは、医師以外は全員同じユニフォームです。患者さんがどのスタッフにも気軽に声をかけられるように、という狙いなのですが、もう一つ別の意味合いもあります。というのは、リハビリテーションを本気でやろうとすれば、多職種が連携することは当然のことですから、職種間の垣根はない方がいいですよね。同じユニフォーム、ということにはその意味も込めているのです。本当は医師も同じでもいいのですが、いざ医療指示が必要なときに他のスタッフに紛れてしまうと何かと不便ですので(笑)、一応私は別の格好をしています。

多職種連携が最も苦手なのは、実は医師である

 今回の埼玉県内4大学による取り組みは、私は非常に良いことだと思っています。特に埼玉医大の学生にとっては本当に良い影響があるのではないでしょうか。
 というのは、ざっくばらんな話をすると、さまざまな医療職種の中でも、多職種連携が最も苦手なのが実は医師なんですよ。昔ながらの考え方では「医師=エリート=偉い」というイメージがありますが、医師本人にいまだにその意識が強いと、他の職種から敬遠されてしまうことになります。
 私自身のことを振り返ってみても、大学病院で働いていた時代はそうでした。ですがこの病院に勤務するようになり、「さまざまな職種が一緒になって一人の患者さんに関わっていく」というチーム医療の在り方を学んだことで、自分ももっと早くそういう視点を持つべきだった、と思うようになりました。
 今の時代の医師には、「自分の担当は医療です。介護のことは知りません」という認識はは許されません。大学病院で一生働くのであればそれでも通用するかもしれませんが、そんな医師は私の同期を見ても100人に1人いるかどうか、という程度です。開業医になった場合でも「地域のかかりつけ医」になるわけですから、他の職種との連携は欠かせません。

プロ同士だからこそ、他のプロの仕事を認められる

 普段からチーム医療に取り組んでいる私の感覚では、医者は医療のプロフェッショナルですが、理学療法士や作業療法士などもそれぞれの専門分野のプロフェッショナルであって、お互いの関係はフラットです。そしてプロとプロがお互いに意見をぶつけ合うのではなく、プロ同士だからこそ他のプロの仕事の意義を認めながら連携する、というのが多職種連携だと思います。
 ですからそこに関わる医師に「お医者様」のイメージが残っているとうまくいかないわけです。ただ最近の若い医学生には、自分たちはエリートだ、などという感覚はないような気がします。それが当院に実習に来る医学生と接したり、非常勤講師として埼玉医大で授業をしている私の実感です。
 そうした若い医学生たちが、さらに今回の4大学連携を通じた教育を受けていくのであれば、チーム医療の未来は明るいのではないか、と大いに期待しています。

患者さんが「帰る場所」を作れるかどうか

itou2 これからの日本では今まで以上に高齢者が増加するわけですから、ごくシンプルな表現をすると、入院する方の数が大幅に増加することになります。現状でさえ精一杯の医療機関がそうした方々をすべて抱え込むことは、不可能と言わざるをえません。
 そこで重要になってくるのが、「退院後は自宅での生活を再開する」という視点です。急性期病院は、急性期病院の役割に徹する。次に我々のようなリハビリテーション病院が、弱った身体機能を改善する。そしてご自宅での生活を再開していただく。このサイクルを上手く回すことが、これからの日本の医療や社会保障には絶対に必要になってきます。
 しかしここにはもう一つの問題があります。それは、患者さんが「帰る場所」である自宅は、本当に「帰るべき場所」と言えるのだろうか、という問題です。
 当院では、患者さんが入院されてから1~2カ月のうちに必ず、その方のご自宅をスタッフが訪問して、家の周囲の様子も含めて観察する、ということを行っています。
 そこで例えば家の中に段差があるとすれば、その人がどの程度まで機能回復すればその段差を越えられて生活上の問題がなくなるのか、ということを判断します。また逆に、自宅の環境がすでに整っていれば、入院でのリハビリにそれほど時間をかける必要はない、という判断も行えるわけです。そしてその分析をもとに、その後のリハビリ計画を作成していくわけです。
 こうした取り組みをしていますから、高齢者のご自宅の訪問数はかなり多いのですが、この地域には古い造りの家が多いこともあって、「この家に帰すことが本当に良いことなのだろうか」と感じることも多々あります。身体機能の衰えた高齢者にとっては、「住みなれた家」が必ずしも「住みやすい家」とは限りませんから。
 今回の4大学連携には、日本工業大学の建築系の学生も参加するということですから、高齢者にとっての「帰る場所」を作っていくためにも非常に良い影響があるのではないかと思っています。例えば実習の内容として、我々が行っている患者さんの自宅訪問に建築系の学生が一緒に行く、ということも良いかもしれませんね。