彩の国連携力育成プロジェクト [サイピー]

彩の国連携力育成プロジェクト [サイピー]

密着取材!!学生は連携教育で何を学ぶのか?(その1)

はじめに

 平成24年2月、埼玉県立大学、埼玉医科大学、城西大学、日本工業大学の4大学の学生が共同で行う、インタープロフェッショナルワーク(専門職連携実践;以下IPW)実習(試行)が実施された。
 より充実した保健医療福祉の実践をめざし、学生たちに将来を託してスタートさせた新たな教育事業には、埼玉県や県内の医療・福祉関係者らステークホルダーからの期待も大きい。学部の異なる4つの大学の学生25名は、それぞれの専門分野を活かしながら、高齢者や障害者にかかわる多職種連携を体験した。

「彩の国 連携力育成プロジェクト」とは

 2月19日、小雪がちらつく寒い午後、大宮のビジネスホテルの会議室には25人の学生たちが続々と集まっていた。まだ集合時間の30分以上前だというのに、すでに大半が集まり、緊張した面持ちで席についている。
 彼らはほとんどが初対面。それもそのはず、埼玉県立大学、埼玉医科大学、城西大学、日本工業大学と異なる4大学から集まってきた。専門的に学んでいる領域も、医学、看護学、薬学、健康行動科学、口腔保健科学、社会福祉学、理学療法学、検査技術学、住環境デザイン学…とさまざまだ。同じ大学でも学部、学科が異なれば、キャンパスのなかで知り合う機会はそう多くはない。彼らはそれぞれ決められた席にすわったが、開始までにはまだまだ時間がある。沈黙に耐えかねてか、同じチームとなるメンバーとぎこちなくおしゃべりが始まった。

【オリエンテーションの様子】

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 彼らは、埼玉県の4大学間連携事業「彩の国 連携力育成プロジェクト」で実施される第1回のIPW実習参加者だ。初回はオリエンテーションとチームディスカッション、8日後には県内の医療・福祉施設での実習を行う。同プロジェクトは、文部科学省が平成24年度から新たに実施している、共同教育・質保証システムの構築を行う優れた取り組みを支援する「大学間連携共同教育推進事業」で、地域連携事業として採択された25件のうちの1つである。

 埼玉県立大学を代表校とする「彩の国 連携力育成プロジェクト」が選んだ地域連携事業のテーマは「保健医療福祉」。埼玉県の高齢化率は現在すでに20%を超え、あと干支を一回りもすれば約30%に達する。その対策の一環として、ステークホルダーである埼玉県では、平成24年度から「健康長寿埼玉プロジェクト」が開始されている。誰もが健康で生き生きと暮らしていけるようにするためには、地域住民が安心して暮せる保健医療福祉システムの充実が、ぜひとも必要なのだ。

「連携力」とチーム医療・チームケア

 さて、これからの保健医療福祉に不可欠とされているのは、「チーム医療」、「チームケア」という考え方だ。
「チーム医療」「チームケア」とは、病気や障害をもつ1人の患者や利用者(以下「患者等」。福祉施設の場合は「利用者」。)に対し、医師や看護師のみならず、異なる分野の専門職が病院や福祉施設の中で、あるいは在宅での生活において、協力して治療やケアにあたることをいう。異なる専門知識と技術を持つそれぞれの専門職の連携により多角的に患者等の状況をとらえ、より効果的できめの細かいサービスを提供しようというものである。
 多職種による連携、協働の基本は、個々のメンバーが自分の専門性を最大限に発揮しながら、他の職種との信頼関係に基づいて相互に理解し合うこと。その上で患者等の立場に立って課題を発見し、解決方法を見出していく。各職種のバランスがとれれば、チームの力は最大化され、患者等にとって最も望ましい医療やケアが提供できる。つまり、メンバーは自己主張が強すぎてもいけないが、空気を読みすぎて引っ込み過ぎてもいけない。それが、これからの専門職に求められる「連携力」だ。
 学生たちに、体験を通じてこの「連携力」を身につけてもらおうと企画されたのがIPW実習なのである。

4大学間連携によって実現した画期的なIP教育

 実は、代表校である埼玉県立大学の、IP教育(IPWを実施するための教育で、IPEと呼ばれている。)への取り組みは早い。看護師、理学療法士、作業療法士、社会福祉士、臨床検査技師、歯科衛生士など、多くの保健医療福祉職を育成している同大学では、チーム医療・チームケア教育の重要性を認識し、平成11年の開学以来、試行錯誤を重ね、平成21年からは全学必修のIPE科目を創設し、埼玉医科大学との連携も開始した。これらに取り組んできた新井利民・埼玉県立大学講師は「各専門職種は、自分の『専門性』で患者・利用者・住民を見ることになりますが、その『専門性』の着眼点は、全体像を把握するにあたっては一部でしかないことが自覚できることが、この教育のとても大きな特徴」と語る。新井講師は、自らが社会福祉の現場で勤務した経験から、「専門性」の名のもとに独善的なケアや相手をコントロールするということを避けるべく、絶えず多方面から見ようとする努力が大切だと考えている。

【新井利民・埼玉県立大学講師】

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 今回から4大学間連携事業となり、城西大学薬学部薬学科、医療栄養学科の学生が試行的に参加して、多職種連携が大きく前進した。薬剤師は近年、調剤業務だけでなく、チーム医療のメンバーとして、在宅医療や病棟での服薬指導を行うなど、活動の幅を広げている。管理栄養士もまた、NST(栄養サポートチーム)と呼ばれるチーム医療の中心的役割を果たしている。
 さらに、今回は保健医療福祉系の大学だけでなく、工業系大学である日本工業大学から生活環境デザイン学科の学生が参加。生活環境デザイン学科とは、いわば住空間を学ぶ学科である。高齢者や障害者が病院等から在宅に戻るとき、車いすが必要な人には車いすが通れるスペースが必要だし、転倒のリスクがある人には、段差をどのようにするべきか高齢者や障害者の生活を踏まえつつ、対策を考えることが必要である。車いす試乗などを体験し、高齢者や障害者の目線で住宅のあり方を考えている学生の参加により、多職種連携の視点の拡がりが期待される。
 新井講師は「連携する職種のなかに薬学や栄養学が加わることにより、専門職連携教育が大きく進展することが期待できる。住環境の専門職種と一緒に地域の施設等で実習を行う例は全国でも聞いたことがない。日本のIPEの歴史でも画期的」と胸を張る。また、チーム医療に対応できる薬剤師、管理栄養士の育成をめざす城西大学の教員からも「学生が多職種の中で知恵を出し合い、特に薬剤師には介護福祉の現場を知るよい機会。この緊張感は社会に出てから役立つと思う」(從二和彦教授)と高く期待されている。

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