「君にわからないことばは、利用者にはもっとわからない」
話を冒頭の2月19日に戻そう。この日は医療・介護施設での実習に先立ち、埼玉県立大学の田口孝行准教授の進行でオリエンテーションが行われた。実習受け入れ先の施設の担当者も参加し、4大学からは多くの教職員が見学に訪れた。
今回の実習テーマは、施設に入所中の高齢者や障害者と、施設の担当者から話を聞き、その人の課題を発見し、チームで課題解決の方策を立てること。つまり、保健医療福祉のスタッフの立場から、患者等へどのような援助を行うのが望ましいか、プランを立ててみるのだ。学生たちは4チームに分かれ、4つの異なる施設で実習を行う。
実習施設 | 参加所属学科(大学名省略) |
介護老人保健施設プルミエール |
看護学、社会福祉学、検査技術科学、医学、医療栄養学、生活環境デザイン学 |
毛呂病院光の家療育センター |
理学療法学、検査技術科学、健康行動科学、医学、薬学、生活環境デザイン学 |
かさい医院 |
看護学、社会福祉学、口腔保健科学、医学、薬学、生活環境デザイン学 |
中田病院 |
理学療法学、健康行動科学、口腔保健科学、医学、薬学、生活環境デザイン学 |
オリエンテーションでは、協力していただく利用者利用者のプロフィールや現在の状況について、各チームそれぞれ施設の担当者(ファシリテーター)から情報提供を受けた。今回取材したチームでお世話になる利用者は、介護老人保健施設「プルミエール」に入所している要介護度2の80歳台の女性。独居で、自宅での転倒から腰痛を生じ、転倒リスクがあるため施設では車椅子を使っているが、できれば自宅に戻りたいとの希望がある。
「薬を自分で飲める人なのかな?」「自宅では車いすは使えるんだろうか?」「“食事は自立”って書いてあるけど、嚥下障害はないってことだよね?」。
メンバーはそれぞれ専門分野が異なる“卵”同志。わからないことがあっても互いに補い合う。“医師の卵”金田光平(埼玉医科大学3年)が「在宅で使える社会資源ってなんだろう?」とつぶやけば、“ソーシャルワーカーの卵”押谷美幸(埼玉県立大学3年)が介護保険制度を説明する。減塩食に縁がなく、ピンとこないという声に対して、“管理栄養士の卵”千田美里(城西大学3年)が説明する。
【埼玉県立大学・田口孝行准教授】
それぞれが自分の専門知識を披露するなか、ディスカッションに静かに耳を傾けていたのが“臨床検査技師の卵”横山公美子(埼玉県立大学2年)だ。医療施設や検査センターで客観的にデータを数値で医師等に示す職種であり、現在は直接患者と接することは少ない。ましてや、介護施設の利用者となるとほとんど接点はないのが現状だ。しかし、チーム医療が拡大すれば、薬剤師がその道をたどったように、臨床検査技師にも患者との接点が増えるかもしれない。横山は「臨床検査技師がどのように患者に接すればよいのか考える上で参考にしたい」と実習に参加した。
盛り上げ役の村上光明(日本工業大学2年)ももっぱら聞き役。しかし、率直にメンバーに質問していた。「ケイコウで服薬?ケイコウって何?」「塩分量のイキチって?“生き血”?」
口から、という意味の「経口」。境界値を意味する「閾値」。生活環境デザイン学科で学ぶ“建築士の卵”村上にとってはこうした医療用語は初耳だ。「何となくしかわからなくて…」と頭をかかえる村上に、田口准教授が声をかけた。
「それでいいんだよ。君にわからないことばは、施設の利用者にはもっとわからない」
【田口准教授のアドバイスを得ながらディスカッションする学生たち】
実際に、医療の現場でも、医療者の使う“専門用語”が患者とのコミュニケーションを妨げることはよく指摘されている。相手にとってわかりやすい言語で話すことは、チーム形成の基本であるだけでなく、患者対応、いやあらゆるコミュニケーションの基本である。新井講師も、「専門用語を言いかえて、チームのメンバー皆にわかりやすいことばで話すことが大事」と話す。
それを聞いていた金田が話し始めた。
「医師と看護師の間でも言葉のニュアンスが違うよね。医師にとって“主訴”は “痛い”“苦しい”とか病気の症状そのものだけど、看護師にとっては“家に帰りたい”“早く退院したい”という主訴もあるでしょ」「建築では“この段差がまどろっこしい”だな!」村上の発言に、皆が笑顔になった。
私たちが4大学間連携IPW実習に参加した理由
他の職種の価値観を知ることができる
埼玉県立大学 看護学科3年 小寺恵実花
「多職種連携に興味がありました。他の大学の学生と意見交換をして、さまざまな価値観にふれたいと思い参加しました」
学内だけでは得られない勉強ができる
埼玉県立大学 社会福祉学科3年 押谷美幸
「生活環境デザインや薬学科、医療栄養学科など、今までかかわったことのない職種の学生が参加するので、新鮮な視点が得られ、学べることが多い機会と期待して参加しました」
チーム医療への参加を体験できる貴重な機会
埼玉県立大学 健康開発学科検査技術専攻2年 横山公美子
「チーム医療のなかで臨床検査技師がどのように患者さん、利用者さんと接していけばよいのかを、このIPW実習のなかで体験して、これからの勉強につなげたいと考えました」
ホットな話題としてチーム医療に興味
埼玉医科大学 医学部3年 金田光平
「チーム医療は最近のホットな話題。授業でもよく聞くので関心がありました。将来はチーム医療を体験し、自分も後輩や学生にチーム医療を伝えていけるようになりたいです」
就職前に他職種とふれあえる貴重な機会
城西大学 医療栄養学科3年 千田美里
「就職前に他の職種とふれあう機会はほとんどありません。勉強や経験が異なるといろいろな考え方があるし、自分の気づきも得られる貴重な機会です」
保健医療福祉分野の知識を吸収したい
日本工業大学 生活環境デザイン学科2年 村上光明
「自分の勉強にも保健医療福祉分野の知識が必要だと思い参加しました。わからないことも多いのですが、他職種の人にどんどん質問して知識を吸収したいと思います」
「利用者の健康状態だけでなく、生活を知りたい」
【施設入所の高齢者から話を聞かせてもらう】
2月27日。実習当日の朝、介護老人保健施設「プルミエール」(北葛飾郡松伏町)に、メンバーたちは皆、集合時間よりもかなり早く姿を見せた。最初に姿を見せたのは村上と横山。2人とも、学外での実習は初めてで、緊張していた。特に村上は不安な気持ちで朝を迎えた。
「自分だけ医療系学部でないので、ついていけるかな…。」
村上だけでなく、他のメンバーにも共通の不安があった。それは、利用者に「やや認知症の傾向がある」ということだった。これから自分たちは会いに行くのだが、果たして会話は成立するのか…?支援プランの作成に必要な情報を聞き出すことができるのか…?
施設から提供された、最新の利用者のカルテと健康診断書を見ながら、さらに面談の内容について詰めていく。読みにくい検査数値の記録表は、小寺と横山が読み上げながら解説する。服薬中の薬剤名は、小寺が電子辞書で確認し、金田が「高血圧の薬と、心臓のまわりの動脈を拡げる薬と…」と、わかりやすいことばで説明していく。千田は身長・体重から、BMI(体格指数)をはじき出した。
利用者の健康状態が中心の議論だったが、村上の発言で流れが変わった。
「視力はどうなの?家のなかで生活するには、視力は大きな問題になるからさ」
積極的にディスカッションをリードしていた小寺が「そうだね、健康状態だけでなく、入所前にどんな生活をしていたのかを知りたいね」と応じた。
どういう家に住んでいたのか、住まいにどのような転倒のリスクがあるのか。自宅ではどんな食事を摂り、家族構成はどうなのか。そして、将来どんな生活をしたいと思っているのか…。
6人は3組に分かれ、利用者、施設内の担当看護師、支援相談員(ケアマネージャー)の3人から話を聞いて回った。
【ファシリテーター・原嶋創・理学療法士からアドバイスをもらいながら、利用者のカルテを検討する】
【人生の大先輩のお話に、目を見つめ真剣に傾聴】
【施設の担当看護師に利用者の服薬状況や健康状態について疑問点をぶつける】
【施設の支援相談員に利用者の家族関係や住まいの状況をていねいに聞いていく】